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アブディン代表理事「人間力大賞」受賞

CAPEDS代表理事アブディンが日本青年会議所より「人間力大賞 地球市民財団奨励賞」を受賞しました。
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人間力大賞とは、社団法人日本青年会議所が毎年行っている、「気高き日本」の礎となる模範的資質を発揮した、20歳から40歳までの光り輝く傑出した若者を「青年版国民栄誉賞」と称して1987年より開催している事業です。
会頭特別賞が8名、人間力大賞が12名選ばれ、人間力大賞にはそれぞれ地球市民財団奨励賞などの名前がつき、賞金が与えられます。今回はモハメド・オマル・アブディン代表理事が、見事「人間力大賞 地球市民財団奨励賞」を受賞しました。日本から母国の障害者に向けてNPO法人を立ち上げて活動している様が評価されたようです。
詳細は添付資料および人間力大賞HPをご覧ください。http://www.ningenryoku.org/

授賞式に参加した中俣のコメント
去る7月6日、代表理事アブディンとともに人間力大賞2008年度受賞式典に行ってきました。
式典において人間力大賞受賞者の発表があり、代表理事が見事「人間力大賞 地球市民財団奨励賞」を受賞しました。会では表彰を受けてスピーチの機会が与えられ、代表理事が活動の意義について出席者に向けて話しました。また主催の側からパワーポイントと司会による活動の説明もして頂きました。表彰の他、出席者と食事をしながらの歓談の時間もあり、他受賞者とお互いの活動について話したり、青年会議所の方と当表彰の意義について話したりと有意義な時間を過ごすことができました。
全国規模で長年続いているイベントであり、題字にもあるとおり青年版国民栄誉章という位置付けを得ているために社会における認知度は高く、CAPEDSの活動を社会に伝えるよい機会になりました。今後は受賞を受けてさらに活動の向上に努めて行きたいと考えています。

受賞にあたってアブディン代表理事のコメント
この度、日本青年会議所主催の「人間力大賞」、地球市民財団賞を受賞することができて大変うれしく思います。この受賞は、CAPEDS活動への評価の意味を兼ねているとおもいます。
メンバー一同心より感謝すると同時に、これに甘んじることなく、「もっとがんばりなさい」というメッセージとして捕らえ、今後も地道に活動を続けて行きたいとおもっております。
受賞の際にいただいた賞金10万円をすべて団体の活動費に当てたいと考えております。
今後とも、皆様どうぞ宜しくお願いします。
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18 : 05 : 52 | メンバー紹介 | トラックバック(1) | コメント(1) | page top↑

立命館大学での座談会

立命館大学での座談会
日時:6月21日(土)
場所:立命館大学
参加者:バシール(途中退出)、ヒシャーム、御村

テーマ:「大学における視覚障害者支援の現状と課題 スーダンで今求められていること」
http://www.ajf.gr.jp/lang_ja/seminar-event/20080621ritsumei.html
アフリカ日本協議会(AJF)、立命館大学生存学研究センター、CAPEDSの3者協力によって実施。

今回の座談会の目的は、
「アフリカ障害者の10年」を盛り上げ、

障害者、スーダン人という当事者の立場から発信することで、
一団体の活動に終始するのではなく、
政策のレベルまで働きかけよう!ということだそうです。

座談会では、聴覚障害学生支援の研究をされている青木さん、植村さん、韓さんと、CAPEDSより参加したヒシャーム理事の発表を基に、以下のような内容をディスカッションしました。

内容:
・大学での視覚障害学生に対する学習・研究補助の実情報告
・当事者学生が大学に対して求める支援
・どのように実現に向けて具体化・行動していくか

・現在の音声利用技術について
・スーダンの教育事情
・日本の障害者支援からスーダン支援に対する提言

備考:
座談会の記録は、アフリカ日本協議会のHPにおいてご覧になれます。
近日中に更新されますので、ご期待ください。

また、当日参加したヒシャム理事の感想も近日中に掲載させていただきます。
01 : 12 : 10 | メンバー紹介 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑

京都大学でのインタビュー
日時:6月20日(金)18時半~20時
場所:京都大学吉田キャンパス
参加者:バシール、ヒシャーム、御村

「ポケットゼミ」
全学共通科目・学部一回生対象
・アフリカに関連したテーマを各グループごとに設定。
 学生自身がテーマを設定、調査(文献、インタビューなど)を行い、前期最後にプレゼンテーション。
・学生の興味・関心から「自然」「文化」「社会」班に区分。

今回は、このうちの社会班のゼミにて、バシルさんとヒシャームさんが「スーダン人の実際の声」としてインタビューを引き受けることになりました。参加学生は事前に本や資料で下調べをし、今までもスーダン研究者の方へのインタビューなどを経験されたそうです。

テーマ: スーダンの戦後復興に向けた課題と展望

内容:
・スーダンの紛争について
・難民について
・援助について
・南北格差について
・教育や大学について
・日本におけるスーダン人のネットワークについて

主に質問・回答形式で、下調べをした内容に加え、各々の学生が興味を持った内容を質問。
詳しいディスカッション内容はこちら


参加者感想:
CAPEDS宛てに参加学生と2人のスーダン人に感想を送ってもらいます。
随時更新するので、お楽しみに。。。
01 : 09 : 43 | メンバー紹介 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑

京都大インタビューの様子

京都大学のインタビューの様子
文責:御村
京都大学吉田キャンパス
学部生一回生対象ポケットゼミ
参加者:バシル、ヒシャム、御村

以下インタビュー内容:

スーダンの紛争について。近年の紛争は小型武器が多用されていると聞いたが、カラシニコフ銃などに対してどのような印象を持つか。
・ 軍のトレーニングで友人が用いた。
・ 砂漠などで用いる民族も。
・ バシルとヒシャームは北部出身であり、実際に内戦は経験していない。
・ しかし、親戚や友人、隣人には紛争によって亡くなった方もいる。
・ 南部では地雷被害も多く、20代で被害を受ける人も多い。

紛争の原因は何だと思うか?
・ アラブ・非アラブの対立とも言われるが、原因は断定できない。政治や石油問題、多文化、人種など様々に関わっているのだろう。
・ 普段は特に対立もなく、一緒に生活している。

水問題といわれることもあるが?
・ 水問題や気候変動も取り上げられるが、水の量が急激に減ったわけではない。
・ むしろ石油・資源の利害対立が原因である。これを言えば、スーダン人に関係ないことが分かってしまうから言わないのでは。
・ 実際に1984年アフリカ最大の大飢饉に、ダルフール地方でも大きなダメージがあった。しかし紛争は起こらなかった。水や食料が紛争の原因であれば、当時紛争が起こらなかった説明ができない。

ダルフールの難民キャンプでは、大規模な援助が行われているが、それによって生活面は改善されたのか?
・ 援助団体がしっかりしていなかったり、援助の質が悪かったりして、必要な援助がなされているかは分からない。

諸外国からの援助で喜ばれていないものはあるか?
・ 食糧なども最低限しか提供されていないから、援助以上に故郷に帰れることを望んでいるのでは。実際に援助が喜ばれているか分からない。
・ 難民キャンプ自体が紛争などを想定した一時的なもの。教育や就労の場は提供されない。
・ ただし南部は農業が主であり、貧しい人も多い。北部に来たことで帰って安定した生活にアクセスできる人も。

難民に会ったことはあるか?
・ 南部・ダルフールから逃げてきた人に会った。家の近くに住んだりすると、物資援助をしたりする。
・ 彼らは家事手伝いをしたりする。社会的に地位も低く、心理的に不安定な人も多い。
・ 仕事がないからお金もなく、犯罪に走る人も。すると彼ら難民全体に対してもイメージが悪くなってしまう。

援助がうまくいかないことはよくあるのか?
・ 団体が点字盤を送ったときに、教育庁で止まってしまって学校に届いていないことがあった。
・ 援助の横流しとかもある。援助をする側もモニタリングなどのフォローアップをしっかりするべき。
・ 援助を受け取る側と、提供する側の両方が責任を持つべき。
・ 一般の人は自分のことで精一杯だから。

ダルフールを始めとする南部の教育について
・ 一般人は教育を受けていない。
・ 北部の人は教育を受けることができる。

大学数は多いようだが、機能しているのか?
・ 北部では一通り機能している。1960年代より急に普及してきた。
・ 今、南部の大学はキャンパスを北部においてある。

かつて北部を重点的に開発したとか。南北格差はどうなっているのか?
・ 北部と南部の開発の差は激しい。北部は公務員などの制度も整い、仕事も充実している。今後の日本のように発展していくのではないか。南部は内戦ももちろん、農業が中心で、インフラも整っていない。
・ 医療についても南北間に格差がある。
・ イギリスの南北政策が差別意識を煽ったのは確かで、今の全ての問題がそこに集約すするとも言えるのでは。
・ 1947年に南部のジュバにおいて南部の人たちが集まり、北部と統一するか分離するかを話し合った。結局統一することが決定し、この辺から分離政策が揺らいできたようだ。
・ 医学部の人などは研修をイギリスで受けている。研究のためでもある。日本で学んでいる人もいる。
・ 看護士についても看護学校がある。
・ 1990年代頃から、今までにないくらい、何もかもが発展しだした。

スーダンの教育はどうなっている?
・ 日本の大学とスーダンのシステム
・ 1990年代から小学校8年、高校3年で、計11年間学ぶ。

スーダンの大学と日本の大学の違いは?
・ 日本の大学はやはり、お金も技術もある。
・ 学生の様子はほとんど変わらない。

何かサークルはあるか?
・ 大学によるが、男性だとサッカーなどが多い。
・ 日本で言う部活よりも、有志で集まるボランティアの活動が多い。@@大学@@会といったように会を作って、塾を開いたり、先生の不足している学校で教えたり、医学部の学生が集まって小さな診療所を開いたり、地域の開発活動が盛ん。

スーダンは農業が盛んだそうだが、かつて政府が人々の土地を収奪するなど、ひどいことをしたと聞いた。それはどのようなものだったか。
・ スーダンでは綿や小麦栽培が多かったが、ここ15年くらいで都市化が進んだ。
・ 政府の政策は利益が少なく、農業は悪くなった。今は農業を辞める人が多く、石油などの資源を扱う職場の方が魅力的のようだ。農村の人も都市に出て働いたりしているから、過疎化が進む。
・ 今まで農業は税が免除されてきたが、今では多額の税収を取られるようになった。収穫高もかつてはすべて自分のものだったが、今は一部をとられてしまう。

自給率も下がってきているのでは?
・ 南部の人たちは、農業で作るものは自分で食べる分だけ。南部は気候が良くて、雨が多い。フルーツもたくさんある。
・ 彼らには、売って現金収入を得ようという考え方がない。
・ 南部は教育レベルも低く、紛争や政府の政策も影響している。


2人の日本での生活について聞きたい。日本へ留学したきっかけは?
・ 国際視覚障害者援援護協会というのが、あんま・マッサージなど日本で教えるために、世界中から留学生を呼んでいる。このプログラムに参加した。

スーダンにいたときの日本のイメージは?日本に来てから驚いたことは?
・ メディアでしか知らなかったが、いいイメージ。日本製の車や家電などは有名だし、産業が発展しているというイメージだった。
・ 日本に来てからは、日本の小ささや家が木製だったことに驚いた。箸も使えなかったし、食べ物も違ったし。

スーダンの食生活は?好きな食べ物は?
・ スーダンではパンや、ラム肉を良く食べる。
・ 小麦は輸出していたが、今は人口が増えてきたため、国内で消費してしまうのではないか。
・ 日本では、バシルの家では奥さんがスーダン料理を作ってくれる。輸入品ショップで食材を調達する。
・ スーダンと日本では水の味も違う。味噌汁をスーダンで作ったらまずかった。
・ バシルは納豆が食べられない。
・ ヒシャムは、うどんなどの麺類が好き。

スーダン人のネットワークはどうなっているか?
・ スーダン人とは、日曜とかナショナルホリデーとかに家族同士で集まったりする。
・ アフリカのコミュニティーというよりはスーダンの人と会う。
・ 京都にも何人かスーダン人がいる。つくばでもスーダン人と知り合った。岐阜にはスーダン人はヒシャムひとりだった。
・ 家族との連絡は携帯電話が多い。スカイプも使ったりする。頻度は人それぞれ。

日本で困ったことは?
・ 食べ物、言葉、気候。はじめて来たのが冬だったため、最初は耐えられなかった。

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